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【KOEOTO】戸田奈津子
 

今回の【KOEOTO】は映画字幕翻訳家・戸田奈津子さんの登場です。映画の魅力、翻訳という仕事についてたっぷり語っていただきました。「字幕」と「吹替え」、全く違う手法に見えますが、その真髄は意外にも…

❖転機となったコッポラ監督との出会い

─字幕翻訳家になられた経緯を伺えますか?

子供の頃から映画が好きで、いつかは映画関係の仕事に就きたいと漠然と考えていました。大学で英語を勉強するうち、「字幕翻訳」という職業を志すようになるのですが、そう簡単な道ではありません。結局、学生課の紹介で大手保険会社の社長秘書として就職しましたが、組織の中で規則に縛られて働くのは全く性に合わず、一年半で退職。幸いにもユナイト映画でのアルバイトを紹介していただき、そこであれこれ雑用をしているうちに、キャンペーンで来日した監督や俳優の通訳を頼まれるようになります。そんな中で、私の「字幕翻訳をやりたい!」というアピールに目を留めてくださる機会がぼちぼち出てきたようで、年に数本は字幕翻訳のお声をかけていただけるようになります。とはいえ、とても食べていけるようなものではなく、相変わらず通訳や翻訳のアルバイトに精を出す日々でした。そんなある日、『地獄の黙示録』と出会います。

最初は、撮影中に度々日本を訪れていたフランシス・フォード・コッポラ監督をショッピングや食事に案内するガイド兼通訳、という立場でした。初対面の印象は「熊みたいなオジサンだなあ」と。大きな手で握手されたのを覚えています。それがやがて撮影現場へ同行するようになり、マニラのロケ現場やサンフランシスコの監督の私邸にもお邪魔できたのは本当に得がたい経験でした。やがて映画が完成し、さあ公開となったときに、私に字幕をという話が舞い込んできたのです。どうして新人にこんな大作をやらせてくれるんだろう、と驚きましたが、それがコッポラ監督の推薦であったことは後から知りました。スピルバーグやルーカスを育てたコッポラ氏は、あらゆる分野の新人たちに数えきれないほどサクセスの機会を与えてきた度量の大きな人です。私も、その視野の隅っこに引っ掛かった一人だったのでしょう。もっともコッポラ氏自身は、とうの昔に忘れてらっしゃると思いますが。

以来、本当にたくさんの映画と出会ってきました。どれも思い出深い作品ですが、個人的には心を打つような人間ドラマや、文芸作品が好きですね。そういった作品は翻訳も難しいでしょう、と時々聞かれますが、むしろ逆で、内容が難しいから翻訳も難しいとは限りません。むしろ筋立ては単純でも辻褄の合っていない作品のほうが大変です。やはりシナリオの段階でどれだけ完成されているか、ですね。『地獄の黙示録』も最初は哲学的で難解に見えましたが、何度も観るうちに自ずと内容も理解できました。よいシナリオには無駄な台詞がありません。でも字幕翻訳はそれをさらに縮めなければならないので、まさに身を切られる思いです。


❖字幕の苦労、吹替えの苦労

─以前に吹替え翻訳も手がけられていますが、字幕との違いは何でしょう?

専門は字幕翻訳ですが、『E.T.』では吹替えの翻訳もやらせていただきました。やはり字幕とは訳し方のコツが違って苦労した記憶があります。吹替えは字幕より情報量が多い反面、口の動きに合わせなければいけないので。でも勘所を押さえて的確に訳さなければいけないのは、吹替えでも字幕でも同じですね。ただ吹替え版は、演じる声優さんの演技でニュアンスを出せますが、字幕はそれができません。話し言葉であるオリジナルの台詞を短くまとめるのが、字幕翻訳の難しいところです。

近年は映画興行のサイクルが早くなって、その点では大変です。最近手がけた『バトルシップ』も、本国より日本のほうが先に公開されるという異例のケースでした。特にこうしたCG満載の作品は仕上げに時間がかかるので、完成品の映像がなかなか届かず、訳すほうも冷や汗をかきます。昔は『スター・ウォーズ』の日本公開が本国の一年後だったりして、余裕がありましたね。でも今はインターネット等で海外の情報が早く入ってくるので、こうしたスケジュールも仕方ないかと思います。ファンの方はやはり早く観たいでしょうから。

 
PROFILE
戸田奈津子 戸田奈津子
(とだ なつこ)

東京都出身。津田塾女子大学卒業後、保険会社のOLや通訳のアルバイトをしながら字幕翻訳家への道を志し、故清水俊二氏に師事。1970年『野生の少年』で初の映画字幕を手がける。1980年、フランシス・フォード・コッポラ監督の問題作『地獄の黙示録』を手がけて以降、今日に至るまで映画字幕翻訳の第一線で活躍中。コッポラ監督をはじめ海外の映画人からの信望も厚く、スターの来日時には通訳を務めるほか、『字幕の中に人生』(白水社)『スターと私の英会話』(集英社)など著作も多数。

【KOEOTO】バックナンバー

Vol.04_田中英行
Vol.03_本田保典
Vol.02_戸田奈津子
Vol.01_山寺宏一

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