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【KOEOTO】戸田奈津子
 

専門用語の訳し方にも苦労します。やはり文化が違うので、本国の人にとっては常識のようなことでも、そのまま日本人に伝わるとは限らない。それも時代によってまた変化しますから。例えば『バトルシップ』は海軍が主役なので軍事用語がたくさん出てくるのですが、専門用語をそのまま出してしまったら一般のお客さんには意味不明です。とはいえ全部を簡単な訳にしてしまったら、ミリタリー・ファンには物足りなくなってしまう。そのバランスをどうとるかが大事ですね。最近はインターネットでもそうした言葉を調べられるようになりましたが、私は極力専門家の方に伺うようにしています。特に医学用語など、間違えたら大変ですから。

実は字幕翻訳家も声優さんと同じで、訳しているときは頭の中で自分で演技をしています。その登場人物の気持ちにならないと、その人の台詞は訳せないので。それも一人一役でなく全員を演じるわけで、これは楽しい作業です。外国映画を観客に伝える上で一番大切なのは、「キャラクターの気持ちになる」ことだと思います。それは字幕版でも吹替え版でも、翻訳者でも声優でも同じです。映画字幕の目的は「お芝居を伝えること」で、決して「英語の勉強」ではありませんから。


❖映画は人生を豊かにしてくれます

─映像翻訳という仕事の難しい点、楽しい点はどこでしょう?

字幕翻訳に限らずクリエイティヴな仕事なら全てそうだと思いますが、過去の自分の仕事には、何であれ直したい箇所はあります。逆にこれで100%だと思ったらおしまいですね。字幕でも吹替えでも、外国映画をローカライズする以上、その作品の制作スタッフの一員というぐらいの心構えで仕事をするべきだと思います。最終的に日本のお客さんは、私たちの作った字幕や吹替えでその作品を評価するわけですから、責任は重大です。

それでも映画に関わる仕事を面白いと思うのは、やはりフィクションの世界で遊べるところですね。宇宙に行ったり地底に潜ったり、あり得ないような体験をして、それをお客さんに伝えられる。先日お会いしたジェームズ・キャメロン監督は、まさにそれを実践されている方でした。『タイタニック 3D』のプロモーションで来日されたときに御一緒したのですが、そのほんの数日前に、彼は単身潜水艇に乗り込んで、一万メートルの深海まで潜っているんです。そうした体験がすべて作品に生かされている。キャメロン監督は本当に凄い方で、何しろ『アバター』という映画を3Dで作ろうと思ったら、そのカメラを開発するところから御自分でやってしまう。これこそ偉業だと思います。

仕事以外でも、映画は極力観るようにしています。最近観た作品では、『マリリン 7日間の恋』はよい映画でした。ケネス・ブラナーが実在した名優ローレンス・オリヴィエを演じていて、顔は全然似ていない彼が本当にオリヴィエに見えてくる。そのお芝居の上手さに感動しました。それと『ヒューゴの不思議な発明』。映画への愛が感じられて。同じ映画好きとして嬉しくなりました。

映画でも小説でも、よい物語は観る人の人生を豊かにしてくれます。特に若いうちに映画を観る習慣をつけておくと、その後の人生が実り多いものになります。同じ作品でも、自分の年代によって見方が変わることもありますし。私も学生時代に『天井桟敷の人々』を観たときはあまり面白いと思えなかったのですが、後年再見したときに素晴らしさが分かりました。たくさん映画を観て本を読んで、良い日本語に触れることで人生を学べます。一人でも多くの方が、その素敵な経験が出来るようにすること。それが字幕や吹替えに携わる、私たちの使命だと思います。

 
PROFILE
戸田奈津子 戸田奈津子
(とだ なつこ)

東京都出身。津田塾女子大学卒業後、保険会社のOLや通訳のアルバイトをしながら字幕翻訳家への道を志し、故清水俊二氏に師事。1970年『野生の少年』で初の映画字幕を手がける。1980年、フランシス・フォード・コッポラ監督の問題作『地獄の黙示録』を手がけて以降、今日に至るまで映画字幕翻訳の第一線で活躍中。コッポラ監督をはじめ海外の映画人からの信望も厚く、スターの来日時には通訳を務めるほか、『字幕の中に人生』(白水社)『スターと私の英会話』(集英社)など著作も多数。

【KOEOTO】バックナンバー

Vol.04_田中英行
Vol.03_本田保典
Vol.02_戸田奈津子
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