現場の声

 
村井 亨子(株式会社スタジオ・エコー/日本語吹替えプロデューサー)
自負を持って 村井亨子
 

私が仕事を始めてまもなくの頃、今から14、5年前になります。当時はできたばかりの外画制作部門で、日本語吹き替え版を制作していました。小さなスタジオで原始的な機材、専属の演出も翻訳もいません。BS放送開始で制作する番組数は増え、毎日目まぐるしく仕事をしていました。
そんな中で吹き替え版翻訳者を養成するための教室を開くことになりました。講師は故大野隆一先生。私も制作部員は何でもできなくてはということで、教室の末席に加わりました。授業では一つのシーンを訳したものを各々が発表するのですが、新進気鋭の翻訳者の卵たちは、時には鋭い、時には際どい名訳(と思っていましたが…)を作り出していました。授業の後の酒宴では、必ず先生の叱咤がとびます。「君たちはただ翻訳をしているんじゃない。日本語の作品を作っているんだという自負を持ちなさい」と。
さて現在ですが…世の中は「穏やかなデフレ」状態だそうで、私たちを取り巻く制作状況も低価格化が急激に進んでいます。しかし一方ではクオリティは求められ、ここから知恵と工夫の企業努力が始まります。これまで同業他社の同世代の方々のこういったお話を伺う機会がなかったのですが、今回、「働き手座談会」の書き起こしを読ませていただいて皆さんの発言に共感し、そして鼓舞されました。様々な問題を抱えつつも自負を持って作品に取り組む。これだけは共通していること、ずっと変わらないことなんですね。

 

小嶋 尚志(株式会社コスモプロモーション/日本語吹替えプロデューサー)
前向きな気持ちで制作を 小嶋尚志
[おもな作品]
「ビバリーヒルズ高校・青春白書」シリーズ他

2003年10月1日赤坂プリンスホテルにおいて、音声連の記念パーティーが開催されましたが、当初予定されていた人数を遙かに超える大盛況でした。驚いたことに、閉会時間を過ぎても皆その場で話し込んでいたのです。まるで、この四半世紀にわたる日本語版の歴史を、ひとつひとつなぞっているかのようでした。
あれだけの大勢の人たちが関わり、それぞれ支え合って、日本語版制作の世界が成り立っていたのだと、今更のように感激したものでした。
私がこの仕事に就いた昭和50年代というのは、日本語版制作と言ってもメディアはTVだけで、しかも2か国語放送すら始まっていませんでした。それが今では、DVDなどメディアの多様化とともに、ステレオでかつ数か国語…という時代になりました。それは、ハード部分がアナログからデジタルに変遷してきた、革命的な技術の進歩の賜です。おかげでクライアントも増え、仕事の幅も広がりましたが、アナログ人間の私などなかなか対応できず、頭を抱えているありさまです。
昨今、「クオリティーを高めながら、低価格」という、一見矛盾する要求がされています。今こそ、この技術環境の変化をうまく利用するときが来たということかもしれません。(設備が追いつかないという嫌いが、おおいにありますが…)
どんな条件の下でも、私たちが目ざすのは、「その時できる最大の努力を惜しまず、常に前向きな気持で制作に携わる」という、当たり前のことなのですね。

 

壺井 正(グロービジョン株式会社/日本語吹替え演出家)
娘が絶賛、プロの仕事 壷井正
[おもな作品]
「白バイ野郎ジョン&パンチ」シリーズ
「ナイトライダー」シリーズ他

我家には高2になる娘がいる。只今、ラクリマクリスティやwyseといったバンドに熱中。連日ライブやイベントにと忙しい。以前より音楽に夢中で、映画などにはおよそ関心がなく、過去には洋画劇場を見ていた私に向って「吹き替えって変」などと宣った。「一体誰のお陰で、そんな口をきけるまでに大きくなった!!」と怒り心頭に発したが、ぐっと堪え、後日スタジオに連れて行き、現場の様子を見学させたこともあった。しかし彼女は父の仕事が今一つ良く理解できなかったらしい。それも当然、ディレクター姿の父を見たのは一瞬だったのである。
そんな彼女に今年高校で総合学習の課題が出た。「プロの仕事」。彼女はそれに父の仕事を選んだ。一番身近な存在である父の仕事とは、父が仕事に対してどんな思いを持っているのか今回のレポートを期に知ろうというのだ。
そして私は娘に種々のインタビューを受け、ある試写会へと一緒に行った。
『この映画のことも知らず、しかも吹き替え版にあまりいい印象を持っていなかった私が、3時間もの間、引きずり込まれる程の出来だったこの「ロード・オブ・ザ・リング」。映画自体が素晴らしい作品というのはもちろんだけれど、それ以上の新しい良さを作り出すお父さんたちのやっている仕事は、すばらしい!』レポートにはこうあった。絶賛である。
しかし今回のこの仕事で特別なことは何もない。時間のないあたふたとした中で、スタッフの技術と体力のみが頼りの、毎回私たちが直面するいつもどおりの録音作業だったのだ。
娘は友人に「ロード・オブ・ザ・リング」は吹き替え版で見ろと力説しているらしい。どうやらやっと父の仕事を理解してもらえたようだ。その切っ掛けを与えてくれた「ロード・オブ・ザ・リング」に感謝。

 

上田 昶(株式会社ヴイ・ビジョンスタジオ/日本語吹替えプロデューサー)※所属は寄稿当時
映画文化の新境地を開く 上田 昶
[おもな作品]
「AKIRA」
「ぼのぼの」
「佐武と市捕り物控」他

東映東京撮影所に入社したころは、映画最盛期で、東京で60本、京都で80本の映画を製作していた。その後、東映ビデオ、東映テレビ事業部で映画制作一途に勤務して、現在はヴイ・ビジョンスタジオで翻訳制作部、総務を担当している。
当社は撮影ENG、80坪スタジオ、編集・MAの事業部を擁しているので、翻訳制作は一貫して自社制作出来るのが強みである。音声連に加盟させていただき、今期、理事に選任され、音声制作の歴史を垣間見る機会に恵まれ、音声連の存在意義や諸先輩のご苦労が分かるようになった。音声連・日俳連・マネ協が三位一体になって、音声制作の質の向上と権利擁護が大命題であるが、二律背反の事情が絡み、一枚岩にはなれない状況であることも分かってきた。今後は音声連が先導して、まとめて行くことを実行せねばならないと感じている。また企画広報部会としては、JAPAの今後の編集の中に、会員各社の音声制作に係わる前進的、文化的事業の紹介および協調機運を盛り込みたいと思っている。
話変わるが、映画衰退に危機感をもった地方の映画愛好者や学生、ボランティアが自主映画やアジアのインディペンデント映画の上映会を開いているのが映画祭である。日本全国で60の映画祭が活動し、映画復興は各地の映画祭の中から台頭する兆しがある。特にアジアの自主映画の発展が目覚しく、良質なアジア映画が映画祭のスクリーンを賑わしている。今はボランティアが苦心して字幕を入れるのが精一杯の状況である。そこで、三位一体になる試金石として、映画祭の日本語版制作を音声連・日俳連・マネ協が協力して制作することを提案したい。映画文化の新境地を開くために、3団体が協調することができないだろうか。

 

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